ヤマノナcafe

山に関する書籍紹介と山行記録

8/29 そろりそろりと龍王峡

8/29、日光の龍王峡をハイキングしてきました。

ここには、鬼怒川沿いを歩くハイキングコースがあり、体力に合わせてルートを選ぶことができます。

今回は、一番短い1時間コースを選択。

近くのお蕎麦屋さんの店主いわく

一番長いルートは、ひたすら歩いて川治温泉に行く道。

どんだけ歩くんだ?笑
(あとから調べたら3時間くらいでした)

山野草やきのこを愛でつつ、
ふと川に目を向けると…

鬼が斧でたたき割ったような荒々しい断崖絶壁。

 

その間を鬼怒川が、
時に波しぶきをあげ、
時に滝となり、
轟々と流れています。

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この日はどんよりしたお天気で、雲が重く空にかかっていました。

川の水も、空を映したようなくすんだ色。

そのせいか、空と川の先が繋がって、天から水が流れてくるように見えました。

「ノアの方舟」みたく、天が大地を押し流そうとしているようにも見えて…

美しいけど、少し恐ろしくもある光景でした。

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私は、鬼を怒らせないように、ソロリソロリと足を運びます。

だから、お願い。

もう転んで骨折しませんように!

【創作】江戸時代の峰不二子。お雪という女

先日、小説『小石川療養所青春譜』をご紹介しました。

その記事のコメントで、うっしーさん(ID: ushi7)が

 

町医者が、「そのようなものはおらぬ!」とか言ってそう笑

 

と書き込んでくださり、そこから広がった妄想がこちらです。

 

ヤマノナcafe妄想時代劇、はじまりはじまり~

ここは小石川養生所。

貧しいものや身寄りのない病人を受け入れている、江戸時代の病院です。


早朝、療養所の入り口で、奉行所の役人と医者が言い争っています。

「最近、江戸を賑わす女泥棒がここで療養しているそうだな。引き渡せ」

「はぁ?んなヤツぁいねえよ」

「多くの者が、ここで見たと言っておるのだ。
庇い立てすると、お主のためにならぬぞ」

「マジで意味分からん」

「しらばっくれるつもりか。
色が白くて切れ長の眼におちょぼ口。
たいそうな美人で、名はお雪と聞いたぞ」

「は?お雪が女泥棒?」

「ほら見ろ、町医者。
やっぱいるだろうが。
出せ」

「お雪が泥棒なわけないだろう。
町のものは皆、好きで貢いでいるんだぞ」

「それが泥棒だというのだ。
貴様までお雪とかいう女に骨抜きにされているのか?」

「俺だけじゃねえよ。
療養所の介護人や病人、みんなお雪を愛しているんだ。
なくてはならない存在なんだよ」

「正気か!?
やっぱりヤベェ女だな。
放っておいちゃいけねえ。
しょっぴくぜ!」

役人は強引に養生所の中に入ろうとします。

町医者はそれを阻止しようとして、もみあいになりました。

 

その時。

少し開いた扉から、雪のように白い猫がゆっくり出てきました。

そして町医者の足に、頭を擦り付けます。
まるで「喧嘩はやめて」というように。

「お雪!」

相好を崩し、白猫を抱きかかえる町医者。

「お雪め神妙にしろ!
わしが連れて帰ってくれる!」

「ふざけんな!お雪は養生所の猫だ!」

「いーや泥棒だ!
わしのハートを盗みおった!」

「アホか!」

 

近くの梢で、カッコウが鳴きました。

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↑もしかしたらお雪の子孫かもしれない、小石川植物園の猫

 

夏の終わりと、『マザーツリー 森に隠された知性をめぐる冒険』

6月から読み始めた『マザー・ツリー』。
夏も終わりに近づいて、ようやく「おわりに」にまでたどり着きました。

ここまで長かった。

森で長い時間をかけて行った、気が遠くなるような実験、
研究室で顕微鏡を覗くミクロな調査。

そこからようやく得られた、植物どうしが地中のネットワークを通じて、栄養や情報を受け渡し合っているという証拠。

途中、「難しい…」と挫折しそうになったけど、著者の女性植物学者の人生に寄り添うようにして、読み続けることができました。


それがとうとう、ラスト数ページ…!

最終章まで読み終えて嬉しい。
でも読み終えるから寂しい。

テレビでは、夏の甲子園を制し、歓喜に沸く球児の姿が映っていました。

彼らもきっと、甲子園で全力を出し切って嬉しい!
でも寂しい…
みたいな気持ちを噛み締めているのかも。

真っ黒に日焼けした彼らと、
冷房の効いた部屋で過ごす私が、
少しだけリンクした夏。

夏もそろそろ終わりです。

ナウシカになりたい49歳、『野生動物学入門』を読む。

 

『風の谷のナウシカ』を初めて観たのは、小学生低学年のころです。

ナウシカと、ナウシカの肩に載ってる「テト」の関係にめちゃくちゃ憧れました。

ナウシカになりたかった私は、当時飼っていたハムスターと仲良くなろうとして、鼻先に指先を近づけました。

嚙まれました。
めちゃくちゃ痛かった。
だけでした。
心を通わせることはできませんでした。

ハムスターは、私のことを、「定期的に餌をいれてくれる便利な細長い肌色のモノ」くらいにしか思ってなかったみたい。

ナウシカにはなれなかったけど、私はあの映画で、信じ込んでしまったんです。

「こちらが心を開けば、野生動物も心を開いてくれる」って。

大人になるにつれ、「どうやらそうではないらしい」ということは分かってきました。
でも心のどこかで、「野生動物と友達になれる」と信じていました。

だって、だって、そうでなかったら、
人間は動物を搾取するだけの存在で、
そんなの寂しいじゃん…!

でも、『野生動物学入門』を読んで、ナウシカに近づく道を見つけた気がします。

この本の著者は、京都大学野生動物研究センターの教授10人。
それぞれの専門分野から、野生動物に関する問いに答えてくれる形式の本です。

そこにズバリ書いてありました。

 

野生動物とは仲良くしようとしないほうがよいです。
(中略)お互いに違う生物であることを尊重して、お互いの生態的地位に見合った暮らしができるように考えるべきでしょう。

 

野生動物を、人間の感覚や都合にあてはめちゃイカン。
友達ではなく、「良き隣人」として付き合っていけばいいんだ、と。

 

本書では、「良き隣人」であるためには、
「野生動物のことを知ること」
が大切だといっています。

そういえばナウシカも、オウムや腐海の森について研究していました。

私も、たくさん本を読んだり山に行って、もっと野生動物のことを学ぼうっと。

初見から40年たってもなお、ナウシカへの憧れは薄れるどころか強まる一方なのでした。

 

夕焼けと失くした鍵

帰宅中に小5の息子から電話がありました。
「家の鍵をなくしちゃったんだけど…」
これで一体何本目?!
とっさに怒りがわくも、ここで怒っても仕方ない。
おばあちゃんちにいさせてもらいなさい、と伝え電話を切りました。

マンションの駐輪所に自転車を置き、息子に連絡。

空を見上げると、思いのほかに美しい夕焼け。
遠くに入道雲が4つ並んでいます。
あれって線状降水帯かしら。

夕焼けを見ながら息子を待ちます。

日中の強い日差しはすでにやわらぎ、心地よい風が吹いてきます。
ささやかに秋の虫が鳴いています。
空がまだ明るさを残している下で、電灯がパッとつきました。

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少しずつ夕暮れに染まる道を、トボトボと息子が歩いてきました。
このあと叱られることを予感してか、うつむいて、それはもう「トボトボ」と。

息子の名を呼ぶと、顔を上げます。
息子は私の表情を見て、あまり怒っていないと感じたのか「でへへ」と照れ笑いのような顔をしました。

甘いぞ、息子よ。

美しい夕焼けの向こうの、線状降水帯の真下では、大雨が降っているんだよ。

『小石川養生所青春譜』で江戸時代に転生する

小石川植物園の周囲には、瀟洒なマンションが立ち並び、ザ・都会といった雰囲気。

でも植物園の中は木が生い茂り、まるで森。



「ここ、本当に東京?」
多くの人が、そうつぶやいてしまうことでしょう。

それは江戸時代の人も同じだったみたいで…

今回ご紹介する本は『小石川養生所青春譜』。

舞台は、小石川植物園に併設されていた養生所です。

主人公は初めてここを訪れた時、こう思います。

長くゆるやかな坂をのぼってゆくと、いちめん竹に囲われた緑の野が目に入ってくる。

(中略)まわりは見渡すかぎり木々に覆われているから、屋敷のある八丁堀からくると、ここはほんとうに江戸なのかと思ってしまう。

江戸時代ですら、タイムスリップ感のある場所だったんですね。

当時、小石川植物園は、徳川幕府管轄の薬園。

そこに併設されたのが、「小石川養生所」

ここは、身寄りのないものや極貧の病人を受け入れた、救済施設のような場所でした。

んなもんだから、「ワケアリ」な輩も紛れこんでいて・・・

小説ですが、「こういうこと実際にあったんだろうな」と思わせるリアリティーがありました。

この本を読んだら、小石川植物園だけでなく、そこに続く播磨坂さくら道も歩きたくなってきます。

養生所に向かって駆け抜ける、若い同心の幻が見えてきそうです。

彼を追っていったら、江戸時代にタイムスリップできるかもね。

ウサギを追って迷い込んだ、不思議の国のアリスみたいに。

またまた小石川植物園 ウシガエル編

小石川植物園の存在を知ったのは、Eテレの「2355」という番組です。


『小石川植物園に行ってきました』という曲を聞いて、ぜひ一度行きたいと思いつつ時は過ぎ…

骨折したタイミングで「行くなら今!」
と訪れました。

中は想像以上に「森」。
都会の喧騒もコンクリートからの輻射熱も遠ざかり、まるで別世界。

案内図によると、どうやら池?沼?もあるみたい。

もうすぐ沼…というところで、

モーーーーーーー

牛?

んなわけありません。
ウシガエルです。

それにしてもでかい声。

沼に到着しました。

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モーーーーーーーー

またウシガエルの声。

どこだ?

見つかりません。

声のするあたりは沼の端の、草の影になっているところ。
暗くてよく見えませんが、そこには握りこぶしサイズの苔むした石がコロンと転がっています。

でもなんか…石にしてはなんか変…

と思うとその小石がぱっくり口を開けました!

モーーーーーーーー

いた!
ウシガエル!

ごつごつした丸いフォルムといい、色といい、じっとしてたら石そのもの。
完全に沼の一部と化していました。

池の主みたいな顔をしてるけど、ウシガエルが日本にやってきたのは大正の頃だそう。

ということは、彼らの祖先は知りません。
江戸時代、ここに病院があったことを。

次回、小石川養生所を舞台にした小説をご紹介します。

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